守谷市の歴史

マンツネハイツのある取手市戸頭からすぐ隣にある守谷市の歴史についてご紹介します。

1955 年(昭和30 年)3 月、守谷町・高野村・大野村・大井沢村の1 町3 か村が合
併し、新しい守谷町が誕生しました。新「守谷町」は人口12,095 人でした。

1966 年(昭和41 年)6 月、国は首都圏近郊整備法に基づく近郊整備地帯として守谷町を含む県南・県西地区の13 市町村を指定します。

同年12 月、県は取手町守谷町・利根町・藤代町を取手都市計画区域として指定し、計画的に都市型まちづくりを推進する地区としました。

昭和50 年代に入ると、大型住宅団地計画が町内で一斉に着工し、住宅都市への変換を遂げていきます。

守谷町の人口は順調に伸びていき、2002 年(平成14 年)2 月2 日、県内22 番目の市として守谷市が誕生しました。

町誕生当時1 万2 千人だった人口は2009 年(平成21 年)には6 万人を突破
しています。

 

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